2019年10月31日木曜日

展示された作品としてのヘイトスピーチはヘイトスピーチとは限らない。

 buveryさんがリツイート
 反移民の催し「明確にヘイト」 大村知事、法的措置も 

天皇へのヘイトスピーチとして受け止められた作品についても同じことを言ったらスジが通っているが、右は駄目、左はいいでは、まずい。

 そもそも、ヘイトスピーチも展示された場合、引用符がついているようなもので、ヘイトスピーチそのものとはかぎらない。 

マイノリティーの金さんが「在特会は ○○人は死ねと言っているけど、ふざけんじゃないわよ!」という場合、金さんは「○○人は死ね」を意味しているわけではなく、そうした言論に言及しているだけで、憎悪発言をしているわけではない。
USE と MENTION は区別すべき。

「我が闘争」という本はあの当時のドイツでならヘイトスピーチだろうが、いまでは研究対象にしかならない。 

展示会に展示された作品としてのヘイトスピーチも同じであって、論争、研究、鑑賞の対象として展示は許容されるべき。

「これはひどい!」「やはり、公共の場所で特別の理由がない限りこうしたヘイトスピーチは取り締まるべきだ」という論評があってもいい。しかし、展示会での展示を阻止すべきではない。





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