多分、もう二度と書かない。
— Okaki (@okakiweb) July 5, 2020
けれどこのタイミングで無いと吐き出せない感情だと思った。
部落差別という呪いを受けた村に生まれた話|Okaki @okakiweb #note #いま私にできること https://t.co/L8SaJ8VyyU
昔被差別部落の本を何冊か読んでいて、関西では部落の人たちの救済ということで、特定地域について救済政策がはかられたが、関東ではーーあるいは東京だったかもしれないーーー自分たちが部落民であることを否定していた部落があって、そこでは特になんの政策もなかったが、それでかえって、特定の地域が部落であるという目印がなくなって外部からのひとが自由に移住してきたので、誰が部落民だか、どこが部落だかわからなくなってしまった、みたいのがあった。
救済政策がとられた地域はきっちり地域が固定化してしまったわけだね。ある程度、社会経済的に安定したら次の段階に進むべきだね。
現実に差別がそれほどないなら、自分たちとからめる必要もなかろう。
もっとも、在日朝鮮人差別、女性差別、ハーフ差別、デブ、ハゲ、ブス差別・・・・は現実にあるのだから、差別教育のなかのその歴史の一つとして教える必要はある。自分たちが他の差別で今度は加害者になる危険もある。
被爆者差別やハンセン病差別など現代はなくても感染者に対する差別という意味では現代でも通じる問題提起があり、知っておく必要がある。
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