最近の日本共産党の見解。「社会主義的変革」と言っていて、「社会主義革命」というコトバを使わなくなっている。わかるような、わからないような。。。ま、いっか。 もっと日本共産党/社会主義・共産主義社会のイメージは?/自由・民主主義・個性を豊かに https://t.co/XJVUQL3hTW
— 河添 誠 KAWAZOE Makoto @BLM (@kawazoemakoto) January 29, 2021
日本共産党は将来、国民多数の合意のもと、個々の資本家が持っている工場や機械などの生産手段を働く人たちの手に移すこと(生産手段の社会化)で、労働時間の抜本的短縮を可能にし、誰もが自分の持っている力を自由に全面的に発展させることができる社会主義・共産主義社会へと進むという未来社会への展望をもっています。
例えば、トヨタの工場は誰のものになるわけ?--工場の従業員?
100分で資本論なんかでも、”市民”営化とか言っているけど・・・いまいちわかんないんだよねえ。
「生産手段を働く人たちの手に移す」って言っても、
【憲法判例】生産管理・山田鋼業事件(争議権の限界)(昭和25年11月15日最高裁)の要点をわかりやすく解説わが国現行の法律秩序は私有財産制度を基幹として成り立っており、企業の利益と損失とは資本家に帰する。従って企業の経営、生産行程の指揮命令は、資本家又はその代理人たる経営担当者の権限に属する。勞働者が所論のように企業者と並んで企業の担当者であるとしても、その故に当然に勞働者が企業の使用収益権を有するのでもなく、経営権に対する権限を有するのでもない。
それはやっぱ憲法改正しないとまずいでしょ。革命云々するなら、日本共産党が本来一番憲法改正をさけばなくてはいけない党なんだけど・・・
それはともかく、民法で「総有」て概念があるけど、あれに近いイメージなのかな、という気はするんだよね、おれは。
で、総有された自然や生産手段から生まれた富は民主的に公平に分配するとして、みんなにどさっと富が分配されるには、しっかりとした経営者が必要なわけで、誰がどのように経営者になるのか、そもそも、そうした社会でしっかりとした経営者は生まれるのか、とか・・・・いろいろ難しい問題はある。
そこを全部すっとばして、「誰もが自分の持っている力を自由に全面的に発展させることができる社会」という夢のような社会を語っても意味はないというか・・・そこが、共産党の悪い癖で、武力がない社会があったらいいな、みんながその能力が全面的に開花できる社会があったらいいな、というのはいいんだけど、その途中全部すっとばしてしまっているような気がするんだな。
資本主義はほころびはあるし、それは、マルクス以来ずっと指摘され、批判されているわけだけど、資本主義よりすぐれた具体的代替案がない・・・とすれば、当分は修正資本主義でいくしかない、と思うんだな、おれは。
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