2023年4月4日火曜日

"Stop for a moment, you are beautiful !".

 

“Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long-shot.”

これはわりに有名 

大谷翔平がイチローさんの元へ駆け寄り…「侍」を世界一に導いた2人、2分ほど笑顔で会話 

 いいね。ふたりともすごい。「駆け寄り」という大谷さんも謙虚だね。

   

 観てきた・・・まあまあ、よかった。 公園でブランコに揺れているシーン・・・世間にはすぐに忘れさられてしまうようなことでも、とにかく自分なりになんとかやり遂げて、最高の幸福を味わい、そして雪の中あの世へ・・・・ちょっと違うかもしれないが、「ファウスト」の 


ここでは、子供も大人おとなも年寄も そう云う危険に取り巻かれて、まめやかな年を送るのだ。 己はそう云う群を目の前に見て、 自由な民と共に、自由な土地の上に住みたい。己は「刹那」に向って、 「止まれ、お前はいかにも美しいから」と呼びたい。 己のこの世に残す痕は 劫こうを歴へても滅びはすまい。 そう云う大きい幸福を予想して
この場面を想起したな。

 buveryさんがリツイートしました いろいろと考えさせられる動画だね。 日本からすごいやつがでてくることを信じる・・・頑張れニッポン!。 馬鹿でもないが賢くもない都立高にいたー昔はめちゃ自由だった・・・我が母校はいまでもわりに自由みたいだけど・・・ 身なりなど社会的性別は「男性」にせよ「女性」にせよ「自然」なものではない。

いろんなあり方があってもいいとは思う。


 社会的性別というのは社会的な構築物なんだけど、生物的な性別はある社会の社会的性別の特性を一義的に決定づけるものではない。

 誕生時には主に生物的な性別から社会的性別を割り当てるわけだけど、その割当が各人に必然的にしっくりくる、というものでもない。

 個人は自由に社会的性別を選べる!といえば実存主義的ではあるが、トランスの人たちは性は流動的といいつつ、個人の社会的性別(自己)意識は自由に選択できる、というものではないのだ、というーーーここらへん、もう少し探究や整理が必要なところかもしれないね。
 社会において男女の行動特性、役割や身なり、表現に全く区別がなくなれば、性的指向性の対象としての性別は残っても、理論的にはトランスは存在しなくなるんじゃないか、と思うんだけど・・・

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